“スポーツが世界の循環をつくる生態系”のあり方とは?
Jリーグ理事・佐伯夕利子氏が見る、世界と日本のいまと未来

2022.3.31

Jリーグ理事・佐伯夕利子氏

国内での「気候変動×スポーツ」について、様々な取組が創発されている一方で、世界の「気候変動×スポーツ」は一体どんな取組がなされているのでしょうか。
今回は、このテーマのもと、海外での「気候変動×スポーツ」の動向や兆しについて、特に環境先進国の多い欧州での業務経験が長い、Jリーグ理事の佐伯夕利子さんにお話を伺いました。

1.欧州のトレンドは、大きな経済循環の中での「気候変動×スポーツ」

佐伯さんによれば、コロナ禍を受けて、現在、欧州では目下、持続可能な経済復興計画「NEXT Generation EU」というEUの経済復興の中長期計画が進められている、とのこと。

これは、コロナ禍におけるEUの大規模経済復興計画として、EU加盟全27カ国を対象としたプロジェクト支援の取組で、EUの政策執行機関である欧州委員会は、復興基金の財源となるEU名義の債券(グリーンボンド)を初めて発行。この債権は、発行額の11倍を超える大幅な応募超過となったことから、幅広い投資家からの需要が裏付けられています。この中でもスペイン政府は、「気候変動」にも繋がるエコロジカルトランジッション、リカバリートランスフォーメーション&レジリエンスプランをもとに、スポーツ文脈でも、欧州他国同様に、スペイン政府もスポーツセクターへの助成を行うことで、経済復興を推し進める動きが出てきています。スペイン政府がスポーツ庁を介して、”エナジースポーツプラン2.0”という計画を打ち出し、①グリーントランスフォーメーション(GX)②デジタルトランスフォーメーション(DX)③社会・人権(ジェンダーや障がい)という3本柱で、スポーツは発展・成長するという思想のもと、プロジェクトを公募し、支援しています。具体的には、2020、2021年に約94億円、2022年は370億円を投じて、公共スポーツ施設の改修・改築を行い、施設のサステナブル化に力を注いでいます。

なぜ、欧州ではこのような取組が進んでいるのか?それは、佐伯さんいわく、スポーツもまた、「気候変動」「環境問題」「ダイバーシティ」等、様々な社会課題を包含している“生態系”に関与し、大きな流れの1つを構成するものであるから、というのです。

スペインでは、週末には多くの店舗は閉まっていて、レジャーも多くなく、土曜日午後から日曜日は基本的に家族と過ごす時間が長いという習慣があります。そんな中で、サイクリングやジョギング、広場でボールを蹴って遊ぶなど、外で余暇を楽しむ、スポーツに親しむのが当たり前の景色になっているのです。そんな背景があり、プロスポーツクラブ・チームは、自分たちの保有するクラブハウスやトレーニングセンター(スペインでは“スポーツシティ”と表現)を使い、次代に向けて①グリーントランスフォーメーション(GX)②デジタルトランスフォーメーション(DX)③社会・人権(ジェンダーや障がい)という切り口から、人々の暮らしに寄与できる機会を創る存在になろうとしており、結果的にそのための投資や施設の再整備が、経済循環や環境課題など様々な社会課題の解決等に寄与することもできるため、今、欧州の投資家は、そのための経済施策にも投資を惜しまない、という状況が起きているということでした。「気候変動」への取組は、この一端を担っているのです。

2.ダイナミックな欧州に対し、地域からのボトムアップでコトが起きる「日本型」

このようなダイナミックで壮大なアプローチを試みる欧州の潮流に対し、日本の現状を伺いました。

日本も、課題は同じところにあり、2021年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2021」には、“日本の未来を開く4つの原動力”として、①グリーン社会、②デジタル化・DX、③地方創生・分散型国づくりで日本を元気に=まちづくり④子どもと未来 が含まれている。

欧州の例で見たEUや各国政府主導によるトップダウンに比べると、日本型のプロスポーツクラブ・チームが行う気候変動への取組、環境課題解決への取組は、フードドライブや衣類の回収、CO2フリーゲームの開催など、基本的にボトムアップでのプロジェクトによって、取組が創出されているように見受けられる、ということでした。

欧州の取組を見てみると、スペイン ラ・リーガに所属するレアル・ベティスでは、「Forever Green」という活動を行っております。「Forever Green」では「Is an open platform for partners who want to show the world what they are doing today for the future of our planet」=地球の将来のために、世界に今見せたいと思っているパートナーのためのオープンプラットフォームをコンセプトに、気候変動(Climate Change)、リサイクル(Recycling)、モビリティ(Mobility)自然(Nature)、サステナビリティ(Sustainability)の5つをテーマとした様々な取組を生み出し、啓発することで、地球を守るために、スポーツの力を利用し、今日の何百万のファンを同志として、未来の気候変動に対抗していく、というものです。

例えば、これからスポーツセンターを持とうとする、Jリーグ所属クラブが、「Forever Green」のようなコンセプトや思想を持ったとしたら、空間が生まれる時に、また所属する選手自身がそういうサステナブルな施設やコミュニティにしたい、と言えば、それに関心のあるステークホルダー、賛同者がたくさん集まるのではないのか、そして、その実現の道を歩み始めれば、地域の中で様々な側面で、経済的にも、人の心も健康ももっと潤うのではないかと。

3.だからこそ、いま私たちは何をすべきなのか?

これから、私たちは「気候変動×スポーツ」をどのように行っていくべきなのか?佐伯さんは、まず日本のプロスポーツクラブ・チームは、企業とともに、地域のコミュニティリーダーになると良いのではないか、という視点を提示されました。

例えば、京都にあるサンガスタジアムではスタジアム内保育所が行われているように、スタジアムが公共の場所になり、クラブやチームが様々な社会課題、環境課題への取組のプラットフォームといった存在になること、その土地、地域での生活の中にある環境課題に、コミュニティリーダー的な立ち位置でクラブ・チームが一緒に取り組んでいく場を提供することから始めるのが良いのではないか、という視点を提示されました。

また、それを支える存在として、クラブ・チームには、企業、さらには、その企業の株主・投資家が何を求めているかも考えるべき。出資者たちが何を求めているのか?様々な社会課題の中で、時には環境課題を重視したり、ジェンダーという時もあり、このトレンドはその時々で変わる。そこを知ろうとするということも大事である、とのことでした。

4.これから取り組んでいく様々な方へ

佐伯さん自身、Jリーグの理事として向き合う様々な課題の中で、環境への課題、それをどうスポーツに結びつけていくか、というのが、大きな課題だったそうです。
そんな中で、先にご紹介したEUの事例を見た時に、「取り組む順番でも段階でもレベル分けでもない、全てのことは循環している」という物事の捉え方をしたら、もっと違うフォーカスやアプローチもできる、と感じられたそうです。

この先の、日本のプロスポーツクラブ・チームの皆さんに向けて、スポーツが環境・気候変動についても波及力・伝播力があるということを上手に伝えられたら、実践者が増え、それに対する賛同者も増えるのではないか、そして、スポーツを通じて様々な取組が実現できたら、それを応援するファンの環境に対する意識も高まり、スポンサーの期待にも応えられるのではないか、と語っていただきました。


【佐伯夕利子氏 プロフィール】
佐伯 夕利子(さえき ゆりこ)
1973年10月6日生まれ。福岡県出身(イラン生まれ)
92 年にスペインに移住し、93 年から指導者の道を歩み始める。
レアル・マドリードのスクールをはじめ、スペイン男子3 部リーグ、アトレティコ・マドリッド女子チームなどで監督経験を積む。08 年からビジャレアルに在籍し、男子U19のコーチ、レディースの監督、女子部統括責任者などを歴任。18 年に公益社団法人日本プロサッカーリーグの特任理事(非常勤)に選任され、2020年3月からJリーグ常勤理事。

◆聞き手
上井 雄太(株式会社フューチャーセッションズ)
齋藤 卓巳(環境省 地球環境局 地球温暖化対策課 脱炭素ライフスタイル推進室)

◆写真/テキスト
小山 優(PROp. / 株式会社フューチャーセッションズ パートナー)