その昔。電気やガスがなかった時代、家庭や街で使う照明と言えば、ろうそくの炎や行灯(あんどん)、囲炉裏の火、提灯などでした。そして、文明の発達と共に私たちの暮らしを一変させたあかり…それが世界から夜が消えた電球の発明です。時は移り変わり、住宅事情や暮らしの豊かさと共に、多種多様な電気照明が登場し、用途に応じて使用されるようになりました。
そんな、「身近なあかり」について、一級建築士で照明家の角舘まさひで(かくだて・まさひで)さんに、あかり記者hirocoがお話を伺いました。
「飛んで火にいる夏の虫」ではありませんが、街や家の中でも、照明のある場所へ、人々は引き寄せられ集まって来るもの。
たとえば照明を消したリビングルーム。ダイニングテーブルの中央に置かれたバースデーケーキには、年の数だけのロウソクに炎がゆらり。その周りを囲む家族や友人の表情は、たとえ暗くとも、きっと明るく幸せに満ちていることでしょう。
『ほんのりと微かに照らすロウソクであっても、祝福を目的とし、その主役とケーキのもとに人々が集えば、ぼんやりとした中でも、″明るさ″を感じることができますよね。そして明るいキモチにもなります。あかりは、その大きさの大小にかかわらず、感情に訴えることができる。それは思い出となり、数年後、何かをキッカケにして記憶を呼び覚ますかもしれません。そんな【その場を照らす】ことが、光り・あかりの本来の役割なんですね』と語る角舘さん。
『【その場】とは、さまざまなシーンに存在しています。縁日の屋台に吊られた電球や、線香花火の一瞬の輝きもそうです。たとえば、台湾の人々の中には、煌々と照らす蛍光灯にノスタルジーを感じる方も多いんですよ。あの白い蛍光灯が台湾の夜市を思い出させて、ワクワクするそうなんです』
角舘さんによると、国や地域をこえて電球の色味に安らぎやほっとするイメージを持ったり、ノスタルジーを感じたりするんだとか。
かつての昭和の家の壁は、土壁などで色味も暗いことが多く、部屋の中央にひとつ大きな電気を灯して部屋全体を明るくしようとしていました。しかし、今では住宅事情も変化し、内装素材やインテリアの進化で部屋そのものが明るくなっています。すると、自然光を活かしたあかりの取り入れ方を考えるようになり、照明器具の配置にも変化が現れました。たとえば大きな窓から十分な自然光が入ってくるなら、日中に部屋全体を照明で照らす必要はありません。光量を増減できるダウンライトを調節するだけで、落ち着いたあかりの空間が得られます。また、本を読んだり、調理をしたりするときなどは、スタンドライトやペンダントライトでその場所だけを照らせばいいのです。(*一室一灯から多灯分散へ)
『部屋全体をとにかく明るくする、というのは昔の考え方で、今は【そこで何をするのか】が大事ですね。空間を楽しむ余裕が今の日本にも育ってきた、とも言えるかもしれません。【ただ明るいだけでない、空間演出としての灯り】、という捉え方です。
最近のホテルの部屋を思い浮かべてみてください。ベッドサイド、カーテンレールの上、入口の足元など、空間の真ん中に照明を置くのではなく、要所要所、必要なところに目的に合った照明が置かれています。また、照明を置く場所を変えるだけで、モード=雰囲気が変わるのもたのしいですね。バーのカウンターのロウソクのあかりなら、大人っぽさやロマンチックさを演出しますし、フレンチレストランのテーブルの照明は、料理を演出し盛り上げるあかりです。より美味しく魅せようとしているんですね。同じように料理を照らすあかりであっても、家庭のダイニングテーブルの真上の照明は、まずは家族団らんを演出し、その場の温かさを醸し出すものを選び設置すると思います。その料理を、美味しそうに見せたいか、たのしく食べたいか、目的の違いでもあります。』
こうしたあかりに対する考え方やその変化について、角舘さんは、「私たち日本人にも、空間を楽しむ価値観が芽生えてきているのでは?」とも語っています。そんな角舘さんが、照明家として、照明の設置や家やビルの建設に携わる際、必ず聞くことがあると言います。
『私は必ず施主さんに、「その空間で何をしますか?」「何がしたいですか?」と尋ねます。また、ご家族なら「ダイニングで何をしますか?」「お子さんはいますか?」「何人いますか?」と。そこに暮らす人々の日常をまずは徹底的に聞いて、必要なあかりについて書きだすんです。ご夫婦ふたり暮らしなら、ダイニングテーブルは食事かせいぜい書斎替わり。その場合は、手元を照らせればいい。また、お子さんがいるなら、そこは団らんスペースであり、宿題をする場所かもしれない。となるとテーブル全体を照らした方がいいかな、など。暮らす人々によって設える照明の種類は変わってくるんですね。昔なら部屋の真ん中にドン、と吊っていましたが、いまは生活スタイルに合わせて、照明を設置することが大事なんですよ。』
そこで何をさせたいのか、何をしたいのか、が灯りを置く上で重要になる、と熱く語る角舘さん。選択肢が増えることは面倒くさいかもしれないけれど、一方で、教育にもつながる、と言います。
『私が手掛けている幼稚園の照明では、園児たちが自分たちでスイッチをオンオフ、調光もできるんです。手元が暗いな、と感じたらオン。今日はお天気が良くて部屋の中も明るいな、と思ったらオフにする。そんなことを、子どものうちから選択することで、自ずと学んでいるんですね。結果、自分で選んだあかりによって豊かな空間が得られた、そんな記憶を持つこともできて、それはいずれ子どもたちの自信につながるんです。そもそもあかりには、「明るくする」というひとつの目的しかなかったのに、選択した瞬間から、その後の展開、選択肢がまた現れ、発見まであるんです。』
角舘さん曰く、「行動には光りが必要。どんな行動をとるのか?そのためにはどんな光りが必要か?それに尽きる」と。その最も顕著な例が、車の中の照明なんだそうです。
『車内には、ドライビングする上でも操作する上でも、最低限の照明器具が備わっています。飛行機もそうですね。これが、目的がズレてしまうとたちまち照明がムダになってしまう。ですから照明選びはとても大事。「何をするための照明なのか?」「それは必要なあかりなのか?」を念頭に、電球や照明器具選びをするといいですね。もちろん、それは電気代という生活・暮らしにも直結してきますから、賢く選びたいですね。』
住宅事情の進化やインテリア家具としての照明器具の増加で、あかりを選べる暮らしになりました。
照明器具は家庭において冷蔵庫に次ぐ消費電力量です。たとえば、ご家庭の白熱電球を電球形LEDランプに交換すると、約85%の省エネになります(*ほぼ同じ明るさの白熱電球と電球形LEDランプとの比較)。
さらに、一室一灯照明で部屋全体を照らすよりも、ワット数を抑えた照明を分散される多灯分散照明を導入することで、必要のない箇所の照明を抑えることができます。食事、読書、くつろぎなどシーンに合わせて適材適所の照明を点けたり消したりできるので、無駄な消費電力も減ってエコな暮らしに繫がり、CO2削減による地球温暖化対策にも貢献できます。
角舘さんにお話を伺ってみて、「あかりの適材適所」という言葉が何度も頭に思い浮かびました。あかりと生活がよりシンプルに結びつくように、選択肢が増えた今だからこそ、用途に応じた省エネでエコな照明器具を賢く選びたいものです。