【有識者に聞く】ZEBをはじめとする省エネ建築物の必要性とそのメリット
脱炭素社会の実現に向け、オフィスビルなどの非住宅建築物においても脱炭素化が求められています。
今回は建築物の脱炭素化の重要性や、省エネ建築物がもたらす快適性や生産性向上などのメリットについて、早稲田大学の田辺新一教授に解説していただきました。
なぜ建築物の脱炭素化が求められているの?
建築物の脱炭素化が求められる背景
まず初めに、なぜ今、建築物の脱炭素化が求められているかについて教えてください。
田辺
日本のCO2排出量の中で、住宅・建築物からの排出量の占める割合は全体の約3分の1もあります。
そのうち、オフィスビルなどの非住宅建築物が含まれる「業務その他部門」の排出量は全体の約18%を占めています。これは、自動車の電動化などカーボンニュートラル達成のために注目されている運輸部門と同程度であり、住宅・建築物、特に非住宅建築物からの排出量を削減していくことも同様に重要と言えます。さらに、都市部では非住宅建築物からのCO2排出量の占める割合が高くなります。例えば、東京都ではCO2排出量の約7割が住宅・建築物からの排出であり、そのうち非住宅建築物は約41%にものぼります。都市部におけるカーボンニュートラル達成に当たっては、建物を変えていく必要があるといえるでしょう。
また、製品サイクルが短いテレビや冷蔵庫のような電化製品などは入れ替わりが早いですが、建築物は一度建ててしまうと50~60年という長い期間残るものです。つまり、脱炭素に資さない省エネでない建物を建ててしまうと、将来にわたってCO2を出し続けてしまうことになりますので、建築物の脱炭素こそ今取り組む必要があります。
その一方で、年間で非住宅建築物の建て替えや新築が行われるのは総面積の1~2%程度で、全てが置き換わるためには50年以上かかる計算になります。このため、新築や建て替えだけでなく、既存の建物をどのように省エネ化していくかも非常に重要です。
ZEB(ゼブ)ってなに?
ZEBの概要
「ZEB」と呼ばれる省エネ建築物が徐々に増えていますが、どのような建物なのでしょうか。
田辺
ZEBとは、Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称で、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のことです。これまで、省エネ建築物は暗い・暑い・寒いなど「我慢」のイメージを持たれることがありました。そのようなイメージを払しょくする意味でも、ZEBの定義が作られています。
ZEBをはじめとする省エネ建築物のメリットは?
省エネや光熱費以外のメリットを考える重要性
暗い・暑い・寒いなど「我慢」のイメージを持たれることもあった省エネ建築物ですが、ZEBでは快適な室内環境を実現できるというお話でした。その重要性について教えてください。
田辺
ZEBの定義には室内環境を担保するという内容が含まれます。企業のコストを考えると、光熱費を 1 としたときのビルの賃料は 10、ビルで働いている人の人件費は 100 になると言われています。
省エネをするということは 1 を減らしていくということですが、1 を減らすために無理をすると人件費の 100 が影響を受け、従業員が疲れて働けなくなったり生産性が下がったりしてしまいます。このため、快適で健康的に働くことができる環境を提供することが重要であり、ZEBはそれを実現できます。また、人口減少という社会問題を抱える中で、効率良く働くためにはどのような環境が求められるかを考える必要があります。室内を良好な環境にすることが重要で、働く人の快適性や健康性が高くなるような適切なレベルに保つことが重要です。
そのためには、これまでの我慢の省エネというイメージを変えることが必要だと考えています。
「エネルギー効率」という、同じ働きの時にエネルギーがどれだけか必要かという考え方のように、生み出されるものも意識していくことが必要です。このようなエネルギーやCO2以外のメリットはNEB(Non Energy Benefit)と総称されます。快適性や健康、知的生産性の向上以外にも、不動産価値の向上や事業継続性の向上など、多くのメリットが存在しています。
ZEBが提供する快適な室内環境
具体的にZEBはどのように快適な室内環境を実現するのでしょうか。
田辺
例えば、外壁や屋根、床、窓ガラスなどの建物の外皮の断熱などをすると、窓際にいる時に暑い、寒いということが減って快適になります。また、照明については、日本のオフィスは明るすぎる傾向にありますが、全体の明るさを下げつつ手元の照明(タスク照明)を併用することで、個人に最適化された明るさを実現しつつ、省エネをすることができます。そのほかにも、自然換気や自然採光により、冷暖房がない時期でも風が入ってくるなど自然を感じることもできるため、自然が楽しめる建築でもあります。
優先順位としては、設備機器の前に、まずは建物自体の性能を上げることが重要だと考えています。
このように、エネルギー消費が少なくても快適性は維持できます。実際に、従来の半分以下しかエネルギーを使っていないビルが利用者の快適性や健康性につながっている事例も多くあります。
ステークホルダーごとに期待されるメリット:①ビルオーナー
では、具体的にはどのようなメリットを生み出すのでしょうか。まず、ビルオーナーのメリットについて教えてください。
田辺
国内ではZEBはまだ主流とは言えません。その原因の一つとして、建設費が上がってしまうことがあります。例えば、ZEB Readyにするためには 5~10% 費用が上がると言われています。
しかし、建築物省エネ法で2030年までの省エネ化の道筋は既に示されています。2024年4月以降は、2,000m2を超える大規模な非住宅建築物は、確認申請時の適合が工場等は BEI*=0.75、オフィス・学校・ホテル・百貨店等は BEI=0.8、病院・飲食店・集会所等は BEI=0.85 より省エネでなければ建てられなくなります。遅くとも2030年度にはオフィスビル等は BEI=0.6、病院や飲食店等は BEI=0.7、小規模建築物は BEI=0.8 というのが最低レベルになる見込みです。
このため、今の段階では省エネ適合していても、例えば BEI=0.8 のビルを建てると、2030年には不良資産化してしまう可能性すらあります。
* BEI : エネルギー消費性能計算プログラムに基づく、基準建築物と比較した時の設計建築物の一次エネルギー消費量の比率のこと。数値が小さいほどエネルギー効率がよい。
耐震性能を満たしていない建物や、火災に対して弱い建物はオーナーにとって問題になります。省エネ性能については、今後規制が強化されることが予定されているため、基準に満たない建物を建てるというのは、耐震性能・防火性能を満たさない建物を建てることと同様であるため、長い目で見ると、ZEBをはじめとする省エネ建築物を建てた方が将来のリスクを抑えられるでしょう。
ヨーロッパでは EPC(Energy Performance Certificate、エネルギー性能証明書)という建物の省エネ性能をランクで表す制度ができており、不動産売買や賃貸にあたって示す必要があります。また、一定の基準を上回るもの以外は賃貸・売買できないようにする動きも見られます。特に、貸し手が多いときには、省エネラベルの効果があり、ランクが高いほど早く成約することや、借りたい人が多くなる効果があると言われています。耐震性能や防火性能などと同様に、環境性能は建物を選ぶ際に考慮する性能の一つになりつつあります。
ステークホルダーごとに期待されるメリット:②テナント
テナントにとってのメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
田辺
ZEBでは快適性や知的生産性が向上することが明らかになっています。また、自然に階段を使って移動をするようになれば、健康増進にも良い影響があります。ほかにも、消費エネルギーが少なく、事業継続性の向上に向けた対策としても効果的です。
ステークホルダーごとに期待されるメリット:③自治体
自治体にとってのメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。
田辺
太陽光パネルを乗せることにより、災害時にも電気を利用できるため、避難場所として使えるレジリエントな建物ができます。
また、自治体の職員も寒さ・暑さを我慢していたところから、健康的に、快適に働けるようになります。
また、ZEBは環境教育の面でも優れているため、地域の方が使う建物がZEBであることは重要です。
今後はどのようなことに取り組むべき?
ステークホルダーごとに求められる取組:①ビルオーナー
今後、ビルオーナーにはどのような取組が求められるでしょうか。
田辺
将来、環境性能が今のままでは、借り手がつかなくなり座礁資産になる可能性があります。このため、改修する時には見栄えだけでなく、環境性能も含めてどのような改修をするかでテナントが入るか決まってくることになるでしょう。将来の方向性は決まっているため、先取りして対策することが求められます。
環境省をはじめ、非住宅建築物の改修に対する補助制度も整備されています。このような制度もうまく活用して、保有する建物が将来的に基準に適合しなくなってしまうことを防ぐためにも、改修を進めることが重要ではないでしょうか。
ステークホルダーごとに求められる取組:②テナント
テナントにはどのような取組が求められるでしょうか。
田辺
自社が入居しているビルでどの程度CO2を排出しているかを気にする企業が増えています。環境省はテナント企業等による脱炭素化への取組を取りまとめた「リーディングテナント行動方針」を策定し、賛同企業・自治体等を募集・公表することで、テナント企業等のニーズを建物オーナーに伝え、テナントビル等の脱炭素化を促進することとしています。すぐにはオフィス移転等を選べなくても、そのような方針を宣言するということを始めていくことが重要です。
また、テナントの事業の評価にも直結するようになってきています。働きやすく快適性や健康性につながるという観点に加え、環境性能の高いビルを選ぶことが重要です。
ステークホルダーごとに求められる取組:③自治体
自治体にはどのような取組が求められるでしょうか。
田辺
自治体は、国交省が ZEB oriented 基準の建物を建てていくということを示しており、比較的普及が進んでいます。また、2022年の全国知事会では都道府県有の新築建築物は ZEB Ready 相当を目指すことを宣言しています。都道府県有だけでなく、市町村が建てる建物についても ZEB Ready が標準になってきています。
そのほかにも、減築や、民間のビルを買って改修するケースも出てきています。
補助制度も活用しつつ、特に脱炭素先行地域などからZEBを増やしていくべきではないでしょうか。
建築物のライフサイクルでの評価の重要性
また、今回取り上げた「ZEB」は建物の利用段階のエネルギー収支を評価するものということですが、建物を建てたり、解体したりする際のエネルギー消費やCO2排出についてはどのような議論があるのでしょうか。
田辺
建物をライフサイクル全体で評価することは非常に重要です。建物を造るには、コンクリート・鉄・アルミ・ガラスなどの資材が必要です。特に、鉄やセメントは製造段階のCO2排出量が大きい傾向にあります。
このような、建物ができるまでに排出されるCO2をアップフロントカーボンと呼び、アップフロントカーボンに改修や解体、廃棄する際に排出されるCO2を含めたものをエンボディドカーボンと呼びます。
また、建物利用時に排出されるCO2はオペレーショナルカーボンと呼び、全部を指してホールライフカーボンと呼んでいます。日本は化石燃料の使用割合が高いため、典型的なビルではアップフロントカーボンの割合が約4分の1、オペレーショナルカーボンの割合が約4分の3程度です。再エネ利用が進んでいるヨーロッパでは比率が逆転していて、典型的なビルではアップフロントカーボンが約7割、オペレーショナルカーボンが約3割という状況になっています。このため、ヨーロッパでは既にアップフロントカーボンを規制する動きが広がっています。
まずは省エネをしてオペレーショナルカーボンを減らすことが重要ですが、国内で再エネ利用がさらに進めば、ヨーロッパと同様にアップフロントカーボンが問題になるでしょう。日本の建物は地震対策で構造体が太いなどの要因で、1平方メートルあたりのアップフロントカーボンが約1,000kgと、ヨーロッパよりもかなり多い傾向にあります。もし将来的にヨーロッパと同等の規制値になると、日本は苦戦するでしょう。地域性を考慮した対応を国際的にも求めることも重要です。不動産業のScope3にも大きく関わります。
このような動きを受けて、アップフロントカーボンを減らすために、非住宅建築物であってもCO2排出量の小さな木材を使ったり、再エネを利用した電炉で製造した鉄を使ったりという取組も既に見られます。また、エンボディドカーボンが小さくなるため、改修がより注目されていくでしょう。素材もサーキュラーエコノミーの概念が重視され、無駄なものを出さないようにすることがますます重要になると思います。