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2021.01.29

若い「2拠点生活者」増加中!
新しい地方生活のカタチと脱炭素社会の関係

新型コロナウイルス感染症の拡大が大きなきっかけとなり、東京都は、2020年7月から転出超過が続いています(2020年11月。出典:日本経済新聞)。しかし若者が地方へ移住する傾向は、コロナ禍以前から始まっていました。どのような人たちが、どのような理由で地方を目指すのか、実際に地方暮らしのメリットは大きいのか。また地方移住の増加によって、社会の脱炭素化が促進されていくのか。『デジタル×地方が牽引する 2030年日本の針路』の著者のおひとりである、アクセンチュア株式会社の藤井篤之さんにお話をうかがいました。

コロナ禍が促進した、若い世代の地方移住

「都心部から地方へ移住する若者が増えています。上がらない所得をカバーするために支出が少ない地方に生活する人も増えていますが、完全な移住ではなく、都心に拠点を残す『2拠点生活』を送る人たちが増加しているのも特徴のひとつです。またコスト要因ではなく、環境問題や地方活性化などに対する意識の高さから、地方の生活に踏み切る、という方もいます。
そして2020年の新型コロナウイルス感染症拡大により、これらの動きは加速しました。『密集した都市のリスクを避けたい』『リモートワークが可能であれば、自然が多くて広い住環境が得られる地方に住みたい』といったことが理由です。」

20代転職希望者へのアンケート調査では、「地方への転職を希望する」という人の割合が、コロナ前に比べて1.6倍に増加。
※出典:アクセンチュア調査・作成

不動産検索サイトでの照会数の変化。千葉県いすみ市、神奈川県茅ヶ崎市などの首都圏近郊都市は、2倍以上に増えている。これらの都市は、「首都圏の中では遠いが、安く家が買え、毎日でなければ通勤はさほど苦にならない」という立地。
※出典:アクセンチュア調査・作成

「在宅勤務が続く前提なら、地方移住を検討するか」というアンケート調査。20代、30代の3分の1以上の人が、「検討したい」と解答。
※出典:BIGLOBE「ニューノーマルの働き方に関する調査」より(アクセンチュア作成)

地方移住へのハードルはITなどの技術の発展が解消する

「ただし、2拠点生活はよい面だけではありません。まず、コスト面。拠点をダブルに構えるため、『実家に同居』『空き家の活用』『家庭菜園で野菜づくり』『娯楽はネットを利用』などの工夫をしないと生活コストはなかなか下がりません。持続可能な形で生活できている人は、暮らし方を工夫していたり、一定水準以上の所得がある人にかぎられるでしょう。
さらに『完全移住』の人にも共通することですが、地方移住に伴うリスクはいくつかあります。アクセンチュアが『移住経験者』に対して行った、移住後の満足度アンケートでは、『医療機関の数や質』『教育機関の数や質』『地域コミュニティの交流』などが挙っており、これらが地方移住へ大きなハードルにもなっています。
とはいえ、これらの不安要素も、ITや最新テクノロジーなどによって、徐々に解消されていくと予想されます。個々の事例については、これから具体的に説明します。」

※出典:移住直後の項目別満足度ランキング
アクセンチュ実施の移住経験者アンケート(2019年)結果をもとに、アクセンチュアが整理

●医療機関の数や質
「地方では都心と同レベルの医療機関が整備されているわけではないので、選択肢は限定されます。また、人口規模が小さくなるほど、30分以内で救急病院に到達できる居住地域の割合も少なくなります(50万人医療圏95%、20万人医療圏72%、20万人以下医療圏28%)。

今後の予想としては、高度なテクノロジーや5Gをはじめとする通信技術の進歩により、将来的には、オンラインによる遠隔診療がより広がっていくでしょう。
日ごろのモニタリングなどによって早い段階で病気を発見できれば、中核病院から離れたところに住む人もリスクを軽減できます。さらに、名医によるロボットを用いた遠隔手術も可能になれば、どこでも高度医療が受けられるようになるでしょう。」

●教育機関の数や質
「子育て世代にとって、子どもの教育は大きな問題です。アクティブラーニングなどによる最先端の方法で学ばせたいと思っても、様々な教育プログラムが豊富な学校は、まだ首都圏が中心でしょう。また有名進学校が、首都圏や大阪などの都市部に多いことも否めません。

一方で、オンライン教育を進める教育機関も増えています。2014年創立のミネルバ大学は、サンフランシスコに本部がありますが、講義をすべてオンラインによるアクティブラーニングで行っています。普段のオンライン講義に加えて、4年間に世界7都市において現地のリアルな課題に向き合うフィールドワークを組み合わせたシステムになっており、大きな注目を集めています。毎年2万人以上が受験する、合格率2パーセント未満の超難関大学です。
日本でも、N高等学校(学校法人角川ドワンゴ学園)が有名ですが、このようなオンラインの学校が増え、高い質が認められるようになってくると、教育機関の数や質の面での地域差によるデメリットは緩和されていくのではないでしょうか。」

●地域コミュニティの交流や娯楽
「地方の文化や価値観は、都市部と異なることがあります。コミュニティとよい関係がもてず、満足度が低くなってしまう移住者は少なからずいます。特に子育て世代は子どもを通じて地域コミュニティに深く関わるので、そこでうまくなじめないケースもあるようです。

コロナ禍により、オンライン会議やオンライン飲み会などが盛んに行われるようになりましたが、今後の予想としては、このようにオンラインコミュニティが充実することで、地域コミュニティの比重が相対的に小さくなり、精神的負担も軽減されるでしょう。
また、地方生活では『娯楽の選択肢の少なさ』もハードルのひとつではあるのですが、オンラインコミュニティにさまざまなバーチャル空間などが提供されることにより、娯楽のバリエーションが増加します。娯楽は趣味嗜好性が高いだけに、選択肢が増えることがカギになります。」

「このように、今までは地方移住への大きなハードルとして捉えられていたことが、テクノロジーの発展により、そうではなくなりつつあります。地方移住に憧れながら踏み切れなかった人たちにとっても、現実的な選択肢になっていくことでしょう。」

地方暮らしは環境にやさしいのか?

「地方移住や2拠点生活をしている人は、先ほど述べたように、社会問題や環境問題などに意識の高い方々が多く含まれます。実際に、有機農業をはじめたり、自給自足の生活にシフトする人もいます。とはいえ、地方暮らしが脱炭素社会の実現に直結するのか、と問われると、今はまだその段階には到達していません。

ここでひとつのカギになるのは、『地産地消』ではないかと思います。食べ物だけでなく工業製品なども含め、『地方でつくり、地方で使う』ということになれば、物流にかかる環境負荷が軽減されます。 たとえば飲食店で提供される食材は、地元産であるにもかかわらず、東京の市場を経由して仕入れられているものがけっこうあります。需給のバランスを考えると効率がいいのでしょうけど、これでは無駄が多い。ここに、昨今のデジタルツールも含め、地域の中で需給をマッチングさせるしくみができれば、今のような無駄な動きが確実に減っていきます。
環境に対する意識の高い方々が地方にたくさん移住すれば、このようなしくみづくりが促進され、新しい地域ビジネスも創出されるはずです。マクロの変化も含め、いい方向にシフトするのではないでしょうか。」

脱炭素社会へ向けた地方自治体の取り組み

「地方自治体を含めた動きとしては、小田原市の「脱炭素型EVカーシェアリング」に注目しています。
再生可能エネルギーを普及・促進するには需給のバランスを揃えるのが大変なのですが、駐車中の電気自動車のバッテリーにその役割を担わせて、さらにカーシェアリングも行うことで、地域全体のエネルギーマネジメントをしよう、という試みです。
この事業が、『公共交通サービスの縮小』や『公共交通が使えない高齢者の移動問題』といった地方のモビリティ問題を一気に解決してくれるわけではありません。しかし将来的には、『オンデマンド型のライドシェア(スマホアプリなどで利用する乗り合いサービス)』や『自動運転車』などとの組み合わせによって、上記の再生可能エネルギー問題やモビリティ問題をクリアできる可能性があり、興味深い取り組みだと思います。

今後、都心から地方への移住はさらに進んでいくと思いますが、人口減少もあり、人の奪い合いになるでしょう。企業や人を呼び寄せたいと思う地方の方々は、どこかの真似をするのではなく、他所とは違う『自分たちの独自の魅力は何か』を見極める必要があります。
一方で、地方移住を検討している方々には、今後、選択肢がますます多様になります。『地方生活の何に魅力を感じているのか』『生活の中で優先したいことは何なのか』といったことを見つめ直し、しっかりと情報収集を行ってください。」

こうした藤田さんのお話を伺っていると、“地方の可能性”に興味を抱かずにいられません。近年は全国の自治体で次々と「SDGs未来都市」提案や「ゼロカーボンシティ」宣言などが行われ、地域の課題解決や脱炭素化に向けたさまざまな取組が計画・実行されています。
地域内の再生可能エネルギーを含む発電電力を、地域内に供給する「地域新電力」と呼ばれる会社も続々と誕生しています。これはエネルギーの地産地消とともに、地域の脱炭素化、収益を地元に還元することで、地方創生や課題解決も同時に目指すものです。
たとえば、市民団体が出資し運営もしている奈良県生駒市の地域新電力会社は、その収益で小学生の登下校見守りサービスを行っています。電力供給とともに、市民の手で地域をつくっていく仕組みが組み込まれているのです。
また、全国に先駆けて「水素グリッド構想(インフラ構想)」を導入し、燃料電池自動車や水素ステーションの普及に力を入れてきたのは徳島県。IT企業らのサテライトオフィス誘致など、移住促進の成功事例としても知られています。現在は、子どもが徳島と東京や大阪などの都市(3大都市圏)の2つの小学校で学べる「デュアルスクール」事業も行われていて、完全移住前のお試し移住や2拠点生活を検討するファミリーの後押しになっているそうです。
独自の視点と工夫で魅力あるまちづくりに奮闘する地方に、大きな決意をもって移住を果たした若者たちが呼応したら、どこにもない、新しい地方生活のカタチが生まれるのかもしれません。

藤井篤之(ふじい・しげゆき)

アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター。2007年にアクセンチュア戦略コンサルティング本部に入社。以降、公的サービス領域のクライアント向けを中心に、調査・コンサルティング業務を担当。現在は、民間企業も含め、産業戦略から事業戦略、各種調査事業など。スマートシティをはじめとする地域経済活性化などにも取り組む。