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【有識者に聞く】気候変動と人権問題の関連性とは?
「公正な移行」の重要性(2/2)

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普及啓発

気候変動は、地球規模での環境問題として広く認識されていますが、その影響は単に気温の上昇や自然災害の増加にとどまりません。現実問題として、気候変動は私たちの人権にも深刻な影響を与えています。また、国や企業として脱炭素化を進める上でも人権への影響が想定されます。このような社会課題を踏まえ、「公正な移行(Just Transition)」つまり、誰一人取り残さないかたちでの脱炭素社会への移行を推進する必要があります。

今回は、気候変動と人権問題の関係性や、国内外の動向について、ことのは総合法律事務所の佐藤暁子氏に解説していただきました。

気候変動と人権の問題に関してどのような動きがあるのか?

国際的な動き

気候変動と人権の問題に関して、近年、国際的にはどのような動きがみられるのでしょうか?

佐藤

ここ数年、国際的には国や企業に対して人権の観点から気候変動問題に取り組むことを法的に義務づける事例が増えています。これは、人権問題としての対応が遅れていることに対する危機感や、国や企業が果たすべき役割を求める裁判を通じた社会の認識の高まりなどが背景にあると考えられます。特に、2022年に国連総会で採択され、日本政府も支持した「清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利」は大きな役割を果たしています。

たとえば、企業に対して気候変動問題への対策強化を求める裁判事例としては、人権の観点から不十分であることを理由に、オランダの石油会社が気候変動問題に対する取組をより強化するよう訴えられたものがあります。

また、国の役割として気候変動問題への取組を人権問題への取組として捉えるべきだという判決もオランダやドイツで出されました。韓国でも、人権問題への対応として不十分であることを認め国の気候変動対策を一部違憲とした判決が出ています。

気候変動による影響を受けやすいグローバルサウスの国々でも、人権被害の大きさを訴える動きがみられます。例えばフィリピンでは、国から独立して人権問題について調査や提言を行う国内人権機関(National Human Rights Institution)として機能する人権委員会により、石油・ガス企業が気候変動・人権問題へ影響を及ぼしているとの報告書が発表されたことが注目を集めました。

さらに、気候変動による影響の世代間の不公平さに関する訴訟も起こっています。ポルトガルでは、若者が欧州人権裁判所に対して、現在の気候変動対策では将来世代の生活が守られないとの訴えを起こしました。こちらについては原告として適格ではないとして訴えは退けられましたが、熱中症などの影響を受けやすい高齢者が、気候変動の影響に対してスイス政府が十分な責任を果たしていないとの訴訟を起こした事例については、同裁判所はその主張を認めました。

国内の動き

それでは、気候変動と人権の問題について、日本国内ではどのような動きがあるのでしょうか?

佐藤

日本では、2024年に出された第六次環境基本計画の中で、環境、経済、社会の統合的向上実践の場としての地域づくり、地域循環共生圏での「公正な移行」が掲げられています。今後、具体的な政策につながっていくことを期待しています。

大企業だけではなく、自治体の中でのユニークな取組や、コミュニティを基盤とした経済活動のなかから自然共生やコミュニティへの直接的な利益が生み出されていくという構想が、政策の中でフォーカスされることは良いことだと考えています。

第六次環境基本計画の重点戦略として、「地域循環共生圈」(地域の自然資本を最大限活用した持続可能な地域づくり、地域の自然資本の維持・回復・充実)が掲げられています。その中で、持続可能な地域のための「公正な移行」をはじめとして、環境、経済、社会の統合的向上を目指しています。
第六次環境基本計画における地域循環共生圏

企業はなぜ公正な移行に向けて取り組むべきなのか?

企業はなぜ公正な移行に向けて取り組まなければいけないのでしょうか?

佐藤

まず企業が公正な移行に向けた取組を考えることは、「ビジネスと人権に関する指導原則」という国連の枠組みで求められている人権デュー・ディリジェンスのプロセスと合致します。これは、企業がビジネスのサプライチェーンやバリューチェーンにおける人権への負の影響を特定・評価し、必要に応じて予防・軽減、また人権侵害に対する是正措置を講じ、そのインパクトも含め、一連の取組情報を開示することを求めるものであり、現在多くの日本企業もこの取組を実施しています。

気候変動問題を扱う際にも、人権問題であることを十分留意し、既存のビジネスから脱炭素型ビジネスへ転換する過程で人権へのどのような影響があるかを考えていくことが大切になります。

公正な移行に向けた企業の取組を評価する仕組みはあるのでしょうか?

佐藤

「ワールド・ベンチマーキング・アライアンス」という団体が、ビジネスと人権の観点から評価基準を提供しています。この評価基準は、企業が公正な移行に向けた取組を進める際に必要なプロセスの提唱に加え、6つの評価事項に基づいて各企業の取組を評価しています。実際に、評価を受けて人権に対する取組の改善を図っている企業もあります。

国内では、「消費から持続可能な社会をつくる市民ネットワーク」という、複数のNGOにより構成されたグループがあり、評価を行なっています。また、「フェア・ファイナンス・ガイド・ジャパン(Fair Finance Guide Japan)」という、金融機関に特化して評価を行っている団体もあります。これらの団体が行う評価は、人権の観点から公正な移行に向けた取組を進める上で企業として参考になるでしょう。

ワールドベンチマーキングアライアンスの6つの評価事項:「社会的対話とステークホルダー・エンゲージメント」、「公正な移行計画」、「グリーンでディーセントな雇用の創出と提供またはアクセスのサポート」、「人材の確保と再教育・スキルアップ」、「社会的保護と社会的影響管理」、「政策・規制のためのアドボカシー」
ワールドベンチマーキングアライアンスの6つの評価事項

公正な移行を進める上での課題は何でしょうか?

佐藤

自社の脱炭素に向けた取組の計画自体は、投資家からの要請もあり、多くの企業で作成が進んでいますが、大前提として、人権の観点での公正さを考えることが必要だと感じています。公正さを考えることは、つまり、一つ一つの事業活動を紐解いたときに、どのようなステークホルダーにどういった影響があるのか、それを踏まえていかなる対策を取ることができるのか考えることです。

地域・コミュニティに対する負の影響をどうすれば抑えることができるのかを考えるにあたっては、企業だけでなく、自治体や国際機関、NGOを含むさまざまな関係者(マルチステークホルダー)の連携が必要です。その中で、国が果たす役割も大きいでしょう。

公正な移行に向けた取組が進んでいる企業と、そうではない企業の違いはどのような点にありますか?

佐藤

れには、コミュニティの目線に立っているか、すなわちステークホルダーとのエンゲージメント(関係者と積極的に関わり、意見や聞き、要望をできるだけ実現するための双方向のコミュニケーションを取ること)がきちんと行われているか、が関係してきます。これができている企業は、おのずと課題や影響に関する「声を拾う」ことができ、社会の期待に応じ、責任を果たすことにもつながります。

公正な移行に向けたカギとは?

日本の課題

公正な移行を進める上での日本の課題は何だと考えますか?

佐藤

日本では、公正な移行の重要性及びそれが自社の事業にどう影響するのかについての理解がまだあまり進んでおらず、まずはその意義や必要性を認識してもらうことが大切だと感じます。

公正な移行は、特に石油・石炭業界といった脱炭素化の影響を大きく受ける業界にとっては喫緊の課題です。これにきちんと取り組むことで、投資家含めステークホルダーからの信頼にも繋がるはずです。

公正な移行がなぜ重要なのか、自社の事業にとって何を意味するのかをしっかりと認識し、社内でその認識を共有することが必要です。その前提として、気候変動が人権問題であることを取組の基礎にすることも重要です。たとえば、日本でも気象予報士のイニシアティブがあり、異常気象が気候変動の影響であることを発信していますが、このように気候変動が身近な話題として取り上げられることも必要です。

国への提言

この課題を踏まえ、国が今後取り組むべきことについて教えてください。

佐藤

国の政策は、企業にとって重要な指針となります。そのため、政府として、公正な移行の考え方が企業及びステークホルダーにとって重要であるとのメッセージをしっかりと示すことが必要だと考えています。

政府は「環境基本計画」と「『ビジネスと人権』に関する行動計画」を連携させるなど、国として一貫性を持った指針を示すことが求められます。国、企業、地方自治体レベルで、社会の転換における基軸は人権であることが共通理念として浸透することが、持続可能な社会の実現のためには必要不可欠です。そのために国が政策をリードし、企業の取組みを後押しすることが重要です。

また、国際協力も大きな役割を果たします。今後は、適応や緩和のアプローチに加え、グローバルサウスの不公平さをなくすといった、公正な移行に向けた二国間・多国間の連携も重要となっていくでしょう。日本が、アジアをはじめ国際社会でリーダーシップを発揮することを期待しています。

企業への提言

企業はどういった姿勢で取り組んでいくべきか教えてください。

佐藤

日本では、気候変動問題の視点から、GHG排出量等の数値情報が強調されてしまい、ビジネスと人権の観点と結びつきにくい傾向が見られます。環境(Environment)と社会(Social)課題が断絶されることなく、そもそもなぜGHGを削減しなければいけないのかを経営者層を含めて考えること、そしてそれがなぜ社会全体に対する責任であるのかについて企業全体で考え、議論し続けることが重要ではないでしょうか。
そして、それは私たち一人ひとりの生活そのものに関わる問題です。

企業の活動内容による人権への負の影響に対する具体的な取組である人権デュー・ディリジェンスの中で、気候変動による人権への負の影響を特定し、アクションプランを検討、開示することが企業の人権を尊重する責任として求められます。気候変動の影響を受ける可能性が高い中小企業、サプライヤー、コミュニティに対してどのような取組ができるのかを考えることは、企業の社会的責任でもあります。一社だけで取り組める課題ではないため、業界団体や国の関係機関をはじめ国内外のステークホルダーとの連携を模索しながら進めてほしいです。

また、公正な移行のような一つの解がないアジェンダでは、短期的なコストメリットの観点から取組を推進することは難しいため、経営層が中長期的な視点に基づき、方針・指針を明確化することも重要です。

公正な移行は、国連気候変動枠組条約締約国会議(UNFCCC-COP)でも例年大きなアジェンダとして取り上げられているほか、欧州連合(EU)でも主要な政策となっており、こうした国際動向に合わせた取組を進めることこそグローバル市場で事業を行う日本企業にとってビジネス活動を通じて持続可能な社会の実現に貢献できるチャンスでもあります。

現在、日本では、ビジネスに伴う人権問題に取り組むことに対して短期的な観点から経営にとってメリットがないとされる傾向が少なからず見られ、あるいは取組みが遅れることによる経営リスクが海外に比べて顕在化していないこともあり、なかなか目立った取組が進んでいません。
しかし、今後、企業が更に実践的な取組を積み重ねることで、どのような道筋でいかなる取組を進めることが日本の文脈でベストなのか最適解が見えてくるでしょう。

今後、公正な移行に取り組む企業へ期待することを教えてください。

佐藤

公正な移行は、国際社会と比べると日本ではまだあまり知られていない領域なので、まずは取組みのための第一歩を踏み出してほしいです。

また、経営者層は、仮にすぐにインパクトが出ないとして批判される状況に直面しても担当者を責めるのではなく、目指すべき社会の実現に向けて、少しずつでも取組みを改善し、社会をリードするような積極性を促す雰囲気の醸成、そして必要なリソースを割くことを心掛けてほしいと思います。人権に関する取組が「利益」として認識されづらく、担当者からは、人権問題に取り組んでも社内で報われず、理解者も少なく孤独感を感じるといったネガティブな声を聞くことも頻繁にあります。
現代の企業にとって、公正な移行に関するグローバルの先進的な課題をタイムリーに把握し、社内人材を育みつつ、取組を促進する社会のエコシステムの構築が急務です。

気候変動問題もかつてそうだったように、公正な移行についても、将来当たり前のアジェンダとして扱われるようになることを期待しています。